大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)30号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決は、次に説示するとおり、本願発明と引用例記載の発明との相違点(2)についての認定判断を誤り、ひいて、誤つた結論を導いたものであるから、この点において違法として取り消されるべきである。

1 前示争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(本願発明の公開特許公報)及び同号証の二ないし四(手続補正書)を総合すれば、従来、電気ケーブル等では、火災発生時、火災を小さくしておく一つの方法として炎の伝播を遅らせる炎伝播遅延組成物(難燃剤)でケーブルを被覆することがあるが、この難燃剤には多くの場合、主成分の一つとしてアスベストが含まれているところ、アスベストは、耐熱性、可撓性、成形性等に優れ、安価で、使用法が簡単であるが、粉塵を出しやすく、関係労働者等の肺を冒したり、がんの原因となる問題があることから、コストが安く、使用が容易で、可撓性であるといつたアスベストの持つ利点を有し、かつ、アスベストを含まない、したがつて、有害性の全くない難燃化剤が要望されていたこと、本願発明は、このような要望を解決する、すなわち、アスベストを用いることなく、可燃物に塗布したときに火災の延焼や炎の伝播を防止する能力を有し、ケーブル等への処理(塗布等)が容易で、かつ、簡単に除去することもできる可撓性被覆物に成形することができ、また、有害成分を最少とした自己消火性防火組成物を提供することを目的とし、前示本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの構成により、所期の目的を達し、アスベストを使用せず、被覆ケーブルの電流容量を低下させず、かつ、電気ケーブル等を火災による破損から保護する大きな効果を奏し得るものであること、その特許請求の範囲には、構成要素をなす粘土について、「前記火災温度(約六七七℃ないし約九八二℃(約一二五〇°Fないし約一八〇〇°F)の温度を意味する。)で乾燥防火組成物を一体に保持し得る結合剤として作用する粘土」である旨の粘土の性質を限定する文言記載があり、また、明細書の発明の詳細な説明の項の記載から、本願発明において粘土は、高温時に溶け、又は軟化して、被覆材中の無機残渣を互いに結合させると同時に、残つたフイルムがケーブル絶縁物から離れるのを防止し、被覆物の一体性を維持する役割ないし効果を奏するものであることを認めることができる。

2 一方、引用例が優先日前に頒布された公開特許公報であることは原告の明らかに争わず、右公報に本件審決認定のとおりの記載があることは原告において認めるところ、右事実に成立に争いのない甲第三号証(引用例)を総合すれば、引用例記載の発明は、従来、ポリエチレン、塩化ビニル等を使用したケーブル等の可燃性物体の延焼を防止するため、その表面に防火組成物を塗布してきたところ、一般にこれら防火組成物にはアスベスト等の無機繊維が使用されていて、その製造、加工、使用が衛生上問題となつてきていたところから、この問題を無機繊維に代えて加熱時熱溶融しない有機繊維を用いることによつて解決し、しかも、防火効果に何ら劣る点がなく、また、柔軟性に富んだ防火組成物を得ることを目的とし、その明細書の特許請求の範囲の項記載のとおり、「合成樹脂と加熱時溶融しない有機繊維と無機粉体と難燃剤を主成分とする防火組成物」とする構成を採用し、その目的を達したものであるが、明細書の発明の詳細な説明の項には、その無機粉体について、「無機粉体としては、クレー、炭酸カルシウム、水酸化アルミニウム等なんでもよいが、特に水酸化アルミニウム、硼酸亜鉛、クレーの混合物が秀れている。」旨及び「無機粉体の量は二〇~六〇重量部が好ましく、二〇重量部以下では延焼防止効果がそこなわれ、六〇重量部以上では機械的強度が低下する。」旨の記載があり、また、その発明の作用効果として、「本発明の防火組成物をケーブル上に設ければ、設けない場合はもちろん、従来の防火組成物を塗布した場合と同等もしくはそれ以上の着火迄の時間が長くなることが認められた。又、アスベスト等の無機繊維を用いた場合にくらべて衛生上、人体に対する影響も問題なく、又加工時の作業性も良好であることが認められた。」旨の記載があることを認めることができる。

3 そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、両者の間に本件審決認定のとおりの一致点及び相違点が存することは、当事者間に争いのないところ、原告は右相違点についての本件審決の認定判断の当否を争うから、まず、相違点(2)についての本件審決の認定判断の当否について検討するに、本願発明の組成物の一成分たる粘土は、前認定の特許請求の範囲中の粘土についての限定的文言並びにその粘土の果たす役割ないし作用効果に徴すれば、粘土のうち、約六七七℃ないし約九八二℃の火災温度の中で溶融又は軟化し、その際被覆材中の無機残渣を互いに結合して一体に保持する作用をなす性質を有するものに限定して解するのが相当である。被告は、本願発明の明細書中発明の詳細な説明の項の記載には、カオリン等の公知の粘土が使用されていることから、本願発明の粘土が特別の性質を有するものでない旨主張する。しかし、本願発明は、前認定のとおり、特許請求の範囲において使用されるべき粘土の性質を明記しており、前掲甲第二号証の一ないし四によると、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には被告指摘の箇所が認められるけれども、右箇所の記載も、次に説示するとおり、そこに記載されている粘土は、特許請求の範囲で限定された性質を有するものを意味するものと解するのが相当であり、被告主張のように解すべき理由はない。すなわち、粘土は、その鉱物の種類、粒度、水分の量などにより性質が著しく異なるものであることは当裁判所に顕著な事実であるところ、前掲甲第二号証の一ないし四によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、その粘土の例として水和珪酸アルミニウム、アルカリ金属アルミノ珪酸塩、カオリン、ボール、フアイヤー、長石等が示され、これらは単独又は組み合わせて用いられる旨記載されていることが認められること、また、粘土の熱的性質について、成立に争いのない甲第一三号証、第一四号証の各一ないし三によれば、物質の耐火度、溶融温度(軟化点)を測定する一種の温度計であるゼーゲルコーン(錐)は、それ自体粘土で構成されているものであるが、五九種のゼーゲルコーンの溶融温度は六〇〇℃から二〇〇〇℃に及び、この中には火の中で溶融し、軟化するものも含まれていることを認めることができ、これらの事実に前示特許請求の範囲記載の粘土の性質に関する限定的文言を総合すると、被告指摘の箇所の記載は上叙説示のとおり解すべく、したがつて、被告の叙上主張は採用することができない。一方、引用例記載の発明における無機粉体は、前認定のとおり、その使用目的、作用効果についてその添加割合との関係での記載があるだけであつて、この記載から、無機粉体の使用が火災時に延焼防止効果を得るためのものであることは窺われるものの、その効果が何に基因するか明らかでなく、かえつて、「無機粉体としては、クレー、炭酸カルシウム、水酸化アルミニウム等なんでもよい……」との前認定の記載にかんがみると、引用例記載の発明においては、無機粉体全体としての性質を利用したものと解するほかはない。そうすると、引用例における無機粉体、なかんずくクレー(粘土)は、本願発明における粘土のように「火の中で溶融し、軟化する性質を備え、」「前記火災温度で乾燥防火組成物を一体に保持し得る結合剤として作用する」点を利用しているものとは到底いい得ず、したがつて、本願発明における粘土と引用例記載のものにおける無機粉体たる粘土とは、その使用目的、作用効果を同じくするものということができず、本願発明と引用例記載の発明とは、この点の技術的思想を異にするものというべきである。被告は、引用例においては、クレーについて、本願発明のように「火災温度で乾燥防火組成物を一体に保持し得る結合剤として作用する」というような具体的記載はないが、このようなことは、この種技術において必然的に要求される要件であるから、引用例記載のクレー(粘土)としては、このような防火組成物として望まれる性質、すなわち、火災温度で乾燥防火組成物を一体に保持することに反するものをわざわざ使用しているというよりも、この種の技術の技術的要求に合致する「火災温度で乾燥防火組成物を一体に保持する」性質を有する通常のものを使用しているとするのが妥当である旨主張する。なるほど、一般的に、引用例記載のような防火組成物において、火災温度において乾燥防火組成物を一体に保持することが望ましいことであるとしても、前認定のとおり、引用例記載の発明において無機粉体がそのような役割を果たしているものといい得ないものであつてみれば、被告の右主張は、採用するに由ない主張というほかない。

4 そうすると、本件審決の相違点(2)についての認定判断は誤りというべきであり、この点の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件審決は、その余の点を論ずるまでもなく、違法として取消しを免れない。

(結語)

三 以上のとおりであるから、叙上の点に違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

水エマルジヨン化された樹脂固形物約一・五~約五〇重量%と、ハロゲン含有有機化合物約〇・五~約二〇重量%と、約六七七℃~約九八二℃(約一二五〇°F~約一八〇〇°F)の火災温度で分解し、溶融し、構造上の一体性を失う低温繊維約一・五~約七〇重量%と、前記火災温度で乾燥防火組成物を一体に保持し得る結合剤として作用する粘土約五~七〇重量%とを含み且つ全固形分約二五~約九〇重量%を有する水性エマルジヨンからなることを特徴とする自己消火性防火組成物。

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